大阪地方裁判所 昭和48年(手ワ)1640号 判決 1975年1月29日
原告
国分株式会社(旧商号株式会社国分商店)
右代表者
国分貫一
右訴訟代理人
山田利夫
同
五味良雄
被告
アサヒ産業株式会社(旧商号あさひ食品株式会社)
右代表者
染矢俊雄
右訴訟代理人
金谷康夫
同
川浪満和
主文
被告は原告に対し金七、八五三万二、六三〇円とこれに対する昭和四八年一一月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、原告
主文と同趣旨の判決並びに仮執行宣言。
二、被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担する。」
との判決
第二 当事者の主張
一、請求原因
1 原告は別紙目録表示のとおりの為替手形六通(以下、単に本件各手形という。)を所持している。
2 被告は右手形の引受をした。
なお、原告と被告との取引関係は後に被告が主張するとおりであるところ、原告会社食品課長村上彬は昭和四五年九月頃被告会社代表取締役染矢俊雄から被告会社の印章の保管を依頼され、右印章を封筒に入れて預つた。そして右封筒は同人によつて封印され、右印章の使用に際しては同人に連絡し、その立会諒解のもとに使用しており、本件各手形の引受の際も同様であつた。
3 原告はその後奈良地方裁判所昭和四六年(ケ)第四四号不動産競売事件(債権者―原告、債務者―被告、所有者染矢俊雄)において、その配当金のうち金一四三万八、八二八円を別紙目録(1)、(2)の手形金元本の一部として、同裁判所同年(ケ)第五一号同事件(債権者―大阪府中小企業信用保証協会、記録添付債権者―原告、債務者―被告、所有者染矢俊雄)において、その配当金のうち金一一〇万三、八六三円を同目録(3)の手形金元本の一部としてそれぞれ配当を受けた。
4 よつて、原告は被告に対し同目録(1)ないし(6)の手形金合計(但し、同目録(4)の手形金については内金二、〇〇〇万円)金八、一〇七万五、三二一円から右配当金合計二五四万二、六九一円を控除した残額金七、八五三万二、六三〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する答弁
1 請求原因1項の事実を争う。
2 請求原因2項本文の事実を否認する。
被告は原告との間に食料品一般の取引を昭和四四年二月頃から開始し、毎月四五日と二〇日締切で五〇ないし九〇日先を満期とする手形によつてその支払をしていたところ、同四五年八八月頃になつて取引は従副に減少して中止に近い状態になり、同四六年三月にはすべての取引が終了した。そして右取引の開始及び進行過程には被告と原告との間に複雑ないきさつがあつたが、原告会社々員村上彬はその間である同四五年八月二〇日頃、被告会社のすべての印章を持ち帰り、右印章を冒用して本件各手形に被告の引受を作出したものであつて、被告は各手形について支払義務はない。
3 請求原因3項の事実は認める。
三、抗弁
仮に、被告が本件各手形の引受をしたとしても、その原因関係は原告の被告に対する売掛代金債権であるところ、右債権は本件各手形の満期日以降には権利行使ができたのであり、したがつて本件各手形の満期日から二年の経過により、すなわち、金一、二八三万七、七七三円(別紙目録(1)及び(2)の手形の額面合計金額)につき昭和四八年四月一五日、金三六四万一、四六二円(同目録(3)の手形の額面金額)につき同月二三日、金三、七六〇万四、一一一円(同目録(4)の手形の額面金額)につき同年九月五日、金二、四一九万四、七〇八円(同目録(5)の手形の額面金額)につき同月一五日、金二、〇四〇万一、三七八円(同目録(6)の手形の額面金額)につき同月二五日の各経過をもつてそれぞれ時効期間が完成したものであるから(民法一七三条)被告は本訴においてこれを授用する。したがつて本件各手形金債務はその原因関係が消滅したことにより、被告にその支払義務はない。
四 抗弁に対する答弁
抗弁事実は争う。
五 再抗弁
仮に本件各手形の原因関係たる売掛代金債権につき二年の時効期間が経過したとしても次のとおり時効中断の事由が存する。
1 被告は原告に対し原告との継続的取引による債務を担保するため、昭和四五年八月三一日被告会社の本社々屋とその敷地等の不動産に債権極度額金六、〇〇〇万円、順位第一番の根抵当権設定登記をし、且つ代物弁済予約による所有権移転請求保全の仮登記をする旨約定したのであるが、任意これら登記手続を履行しなかつたため、原告は翌四六年四月三日右根抵当権設定及び所有権移転の各請求権保全の仮登記仮処分命令を大阪地方裁判所に申請し、同日その決定を得、右決定に基いて各仮登記手続を了した。そして、原告は右仮登記仮処分の本案として同年五月一三日同裁判所に根抵当権設定仮登記の本登記手続を求める訴えを提起したが(同年(ワ)第二、一六五号事件)、右訴えにおいて請求原因として右根抵当権の被担保債権が存在することを主張し、その中には本件各手形の原因関係である被告に対する売掛代金債権が含まれている。したがつて原告は右訴えにおいて間接的にその被担保債権の権利行使をしたことになり、このことは時効中断に関する裁判上の請求(民法一四九条)に該当する。
仮にそうでないとしても右訴えは民法一五三条の催告に該当し、原告は右訴え係属中に本件訴訟を提起したのであるから、時効は中断する。
2 被告会社代表取締役染矢俊雄と原告の代理人松田繁雄との間で、昭和四六年五月頃から同四七年一月頃までの間本件原因債権を含む手形債権の抜本的解決のため示談交渉が行われ、その間、染矢俊雄は原告に負担していた債務合計三億円の存在を承認した。
3 原告は別紙目録(1)ないし(3)の手形を申立債権として被告、訴外染矢俊雄及び同染矢信夫に対し、不動産競売の申立をし、(奈良地方裁判所昭和四六年(ケ)第四四号、第五一号、第五八号事件)、右各不動産競売事件は昭和四七年中に配当をして終結したものであるところ、右申立は時効の中断事由に該当する。
六 再抗弁に対する答弁
1 再抗弁1項の各事実は認めるが、法律的主張は争う。すなわち、原告は先ず、根抵当権設定仮登記の本登記手続を求める訴えにおいて間接的にその被担保債権の権利行使をしたと主張するが、およそ抵当権は債権を離れて存在することができないとしても、債権は抵当権の存否にかかわりなく存在するのであることからすると、原告が右訴えにおいて求める根抵当権設定の本登記手続が完了したとしても、被担保債権の時効はそれと無関係に進行するものであるから原告の主張は失当である。
原告の右訴えが民法一五三条の催告に該当するとの法律的主張も争う。
2 再抗弁2項の事実は否認する。
3 再抗弁3項の事実は認めるが、これが時効中断事由に該当するとの主張は争う。
第三 証拠<略>
理由
一甲第一号証の一ないし六の存在及び記載自体並びに弁論の全趣旨により請求原因1項の事実を認めることができる。
二被告の本件各手形引受の有無
甲第一号証の一ないし六の引受人欄(被告作成部分)の記名印名下の印影が被告会社の印章によるものであることについて被告に争いがないので、右は被告の意思に基づいて押捺されたものとして同欄の成立を推認することができるところ被告は原告会社々員村上彬が被告会社の印章を冒用したとして右推認を動かす事実を主張し、これを争うので、以下この点について判断する。
1 被告は原告との間に食料品一般の取引を昭和四四年二月頃から開始し、毎月五日と二〇日締切で五〇ないし九〇日先を満期とする手形によつてその支払をしていたところ、同四五年八月頃以降取引は大幅に減少して中止に近い状態になり、同四六年三月にはすべての取引が終了したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、昭和四五年八月頃被告の原告に対する買掛代金債務は約三億円に達していたところ、原告は、被告から手形による決済の延期の申し入れを受け、さらに資金援助を要請されたので、被告の取引上の債務の状態を把握するため被告に同社振出しの手形、小切手の明細表の提出を求めてその説明を受けた結果、この時点ですでに満期が到来している手形について被告に代わつて決済をする旨の話し合いができたが、同年九月頃になつて右明細表にはなかつた被告振出しにかかる手形や小切手が決済にまわつてきたため、資金援助を続けることに不安を感じ、被告会社の印章を預かることになつた事実を認めることができる。
2 被告会社代表者本人尋問の結果中には、右事実のほか、原告会社々員村上彬が被告会社の印章を冒用して前記引受欄を作成した旨の供述部分があるが、右前掲各証拠に照らし信用することができず、他に前記推認を動かすに足る証拠はない。
3 さらに、<証拠>によれば、原告会社食品課長村上彬は被告会社の印章を預かる際これを封筒に入れ、上下のつなぎ目に被告会社代表取締役染矢俊雄にサインをさせ、密封のうえ金庫に保管することになつたこと、その後印章を使用する必要が生じた場合には同人をして右サインを確認させたうえ、同人ないしは同人の妻の立会して諒解のもとに開封し、右印章を使用していたこと、本件各手形についても染矢俊雄が立会した席上で同人の承認のもとに右印章を使用して引受がなされたこと、右印章は同四六年五月頃当時の原告の代理人松田繁雄弁護士から被告に返還されたこと、その際染矢俊雄は印章が封印されたままの状態であつたことを確認していることを認めることができる。
4 以上前記2項のとおり甲第一号証の一ないし六の引受人欄の記名印名下の印影が被告の意思に基づきその印章を以て押捺されたものであるという推認を動かすに足りる証はないばかりでなく、前記3項のとおり右押捺が被告会社代表取締役染矢俊雄の意思に基づいてなされたことが明らかであるから、結局右引受は真正に成立したものというべきであり、これによつて被告が本件各手形の引受をした事実を認めることができる。
三請求原因3項の事実は当事者間に争いがない。
四次に抗弁について考えるに、本件各手形が被告の原告に対する商品買掛代金等支払のため被告により引受がなされたことは証人村上彬の証言により明らかであり、原告の右売掛代金債権は本件各手形の満期日以降には権利の行使が可能であつたというべきであるから、本訴の提起された昭和四八年一一月一三日当時既に民法第一七三条第一号の二の時効期間が経過していたことになる。そして本訴において被告が右時効の援用をしていることは当裁判所に顕著である。
五そこで、以下、再抗弁について判断する。
1 再抗弁1について
(一) 被告は原告に対し原告との継続的取引による債務を担保するため、昭和四五年八月三一日被告会社の本社々屋とその敷地等の不動産に債権極度額金六、〇〇〇万円、順位第一番の根抵当権設定登記をし、且つ代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記をする旨約定したのであるが、任意これら登記手続を履行しなかつたため、原告は昭和四六年四月三日右根抵当権設定並びに所有権移転の各請求権保全の仮登記仮処分命令を大阪地方裁判所に申請し、同日その決定を得、右決定に基づいて各仮登記手続を了したこと、その後原告は右仮登記仮処分の本案として同年五月一三日同裁判所に右根抵当権設定仮登記の本登記手続を求める訴えを提起したこと(同年(ワ)第二、一六五号事件)は当事者間に争いがない。
(二) ところで、右根抵当権設定仮登記の本登記手続を求める訴えにおいては、根抵当権発生、存続の要件として一般の抵当権の場合とは異なり特定の被担保債権が存在することを主張、立証する必要はなく、担保される不特定の債権の範囲及び元本の極度額についての合意があることを主張、立証すれば足り、裁判所は右合意の存否につき審理し、判断するにすぎないから、特定の被担保債権の存否が審理の対象となることを前提とする原告の主張はこの限りにおいては失当である。
しかしながら、右不特定の債権というもその発生の基礎となる継続的取引契約が解除、解約等で終了した場合には確定し、その後は確定した債権が根抵当権の被担保債権となつて、その存在が根抵当権存続の要件となるものである。したがつてこの場合根抵当権設定仮登記の本登記を求める訴えにおいて、原告は一般の抵当権の場合と同様右確定した特定の被担保債権の存在を主張し、裁判所も根抵当権の存否を決するため、特定の被担保権の存否につき審理し、判断することになるのであるから、債権が確定した後の右訴えの中には特定の被担保債権が履行されるべきものであるという権利主張の意思が当然の前提となつているものということができる。
そこで、本件根抵当権の被担保債権確定の有無およびその時期について考えるに、昭和四六年法律第九九条による改正後の民法三九八条の二〇第一項一号によると、「担保スベキ債権ノ範囲ノ変更、取引ノ終了其他ノ事由ニ因リ担保スベキ元本ノ生ゼザルコトト為リタルトキ」にも根抵当権の担保すべき元本は確定する旨の規定が新設され、同法改正附則一条によつて、右は昭和四七年四月一日から施行されているものであるが、これら法条によるとき、前記二、1項において認定したとおり原告と被告との間に行われた食料品一般の継続的取引契約は昭和四六年三月すべて終了し、しかもその状態は同四七年四月一日においても変わりなかつた事実により、同日根抵当権の担保すべき債権は確定ししたものということができる。
そうであるとすれば、原告は同四六年五月一三日提起した前記訴えにおいて、債権が確定した同四七年四月一日以降は担保される不特定の債権の範囲及び元本の極度額についての合意があることだけでなく確定した被担保債権が存在することをも主張、立証する必要があり、裁判所も根抵当権の存否を判断する前提として特定の被担保債権の存否につき審理し、判断することになるところ、原告は右訴えにおいて請求原因として被告との継続的取引から発生した債権を被担保債権として主張したことは当事者間に争いがないので、右債権について履行されるべきであるとの権利主張をしたことになり、さらに右債権の中には本件各手形の原因関係である被告に対する売掛代金債権が含まれていることもまた当事者間に争いがないので、結局原告は、右訴えにおいて同四七年四月一日以降右売掛代金債権が履行されるべきであるとの権利主張をしたことになる。
(三) 以上のとおり、原告が根抵当権設定仮登記の本登記手続を求める訴えを提起し、その後被担保債権が確定したことにより、これがいかなる時効中断事由に該当するかを考えてみるに、右訴えの訴訟物と根抵当権の被担保債権とは全く別個の権利であるから、右訴えにおいて被担保債権が履行されるべきものであるという権利主張の意思が当然の前提となつているというだけで直ちに被担保債権について裁判上の請求に該当し、またはこれに準ずる効力があるものとまで解することはできない。
したがつて、この点に関する原告の主張は採用することができない。
しかしながら、被担保債権の確定後は訴えが係属する限り右債権についての権利主張も継続しているものということができ、この限りではその間催告としての時効中断の効力が存続するものと解すべきであり遅くとも右訴訟の終結後六カ月以内に他の強力な中断事由に訴えれば、時効中断の効力は維持されるものと解すべきであるところ、本件訴訟が右訴えの係属中に提起されたものであることは当事者間に争がないので、結局本件各手形の原因関係である原告の被告に対する売掛代金債権を含む被担保債権の時効は中断され、いまだ完成しないということができる。
2 以上のとおりであるから、その余の中断事由につて判断するまでもなく、原告の再抗弁は理由がある。
六よつて、被告に対し本件手形金中金七、八五三万二、六三〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四八年一一月二一日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるから認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(高田政彦 安井正弘 佐野正幸)
<為替手形目録省略>